アノニマス氏からのEメール#5

これは、アノニマス氏によって2005年11月13日に投稿された5番目のメールの内容です。


私の情報の公開に関してのご協力に感謝します。あなたがこの問題を注意深く扱って下さる事は、高い評価に値します。
私はいつも急いでキーボードを打つので、よくスペルや文法を間違えてしまいますが、ご容赦下さい。

私は協力者達とこの情報の公表に関するいくつかの異なるオプションについて議論しています。最初に、私たちは当時の職員から何らかの許可を得なければなりません。
MJ-12と呼ばれるグループ、、実はMJ-12は実際にこのプロジェクト・セルポ情報をコントロールしたグループではありませんでした。分かり易く私たちはそれらを「MJ-12」呼びますが、実際にプロジェクト・セルポをコントロール・管理・監視したグループの実際の名前は、________(訳注:原文も伏せ字)と呼ばれました。
既に多くのメンバーは死亡していますが、何人かはまだ健在ですので、私たちは彼らに情報公開に関して承認を取り付けようと頑張っています。次に、私たちは現在の組織に公式の許可を得なければなりませんが、これは少し困難かもしれません。
現在のDIA(アメリカ国防情報局)職員は、この問題についての知識をほとんど持っていません。それでも、私たちは前向きに計画を進めていきたいと考えています。
私たちの主な支持者は_________________です(__________の元管理者)。(訳注:原文も伏せ字) 彼は私たちの近くにいて、私たちの段階的なリリース計画を支援してくれると思います。
あなた方のリーダ、ビル・ハミルトン氏(Bill Hamilton)によるWEBサイトの提案は実に素晴らしい事だと思います。数人の「共同執筆者」と協力をして、私たちはウェブサイトを作り、そのサイトについてのある情報を公表するかもしれません。それまで、私はあなた方だけに公式情報を提供し続けます。
WEBサイトについて、私たちは克服するべき高いハードルがある事を理解しています。きっとそれは良い(良くないかも!)第一歩になると思います。
もしA案を止めるならB案を実行するという具合に、私たちはいくつかの異なる選択肢を考えています。私たちは、国際的な記者会見から全国記者クラブの記者会見まですべてについて議論しました。
さらに、私たちは、あなたに3000ページの中から重要な100件のページを公表し、次にあなたがメールの中で指名した6人の重要人物(________博士、________博士、________、________、________および________)へこの情報を転送するあなたの提案を考慮しています。
これらの人物の中でも、私は、________博士(この人は科学系の学会では大変著名)のような人物が参加してくれる事は、単に輪の中に入ってもらうという意味だけでなく、公開計画に信憑性をもたらしてくれるので、大変重要であることは十分に承知しています。
また、同時に彼らが一般大衆に対して、複雑な科学的理論や物理的な法則の分かり易い解説を支援してくれる事も期待しています。

私たちはあなたに知らせるでしょう。
私は、多くの質問への回答を提供します。私は、3000ページに及ぶ文章と更にそれらを補足する為の長大な資料を持っている事を忘れないで下さい。
私は書類の作成およびデータの報告を受ける事をしていました。私は全ての人の質問に答える事はできませんが、特にUFO系メーリングリストのビル・ライアン氏(Bill Ryan)の質問への回答は準備出来ています。


1)
私は、様々なリストメンバーからの嫌がらせの様な質問をよく見ます。私は、批判ではなく思いやりのある反応を期待しました。
私が提供している情報は、直接公式書から引用しています。しかし、私は、それが地球上の知識や理論に基づいた科学者にとって、理解が容易ではない事は分かっています。
私は、あなたのリストに載っている科学者達からの批判で悩む事はありません。私は、公式文書に書かれているままに伝えているだけなのです。
科学的な計算に関しては、地球上の理論に基づいた科学者が同じ質問をして来ました。彼らは、チームメンバーがどの様な方法で計測したのかなどについての質問をして来ました。
しかし、結局は、科学者達は我々の知っている科学的・物理的な理論だけで、惑星セルポでの問題を解決出来る訳ではないと理解しました。
この様に一旦心を開いた科学者達は、チームメンバーのデータを証明する為に各種の計算を行ってくれました。


2)
私たちに協力してくれた主要な科学者(天文学者)の一人は、カール・エドワード・セーガン博士(訳注:!!!)でした。当初、彼はグループ最大の懐疑論者でした。情報はゆっくりと分析されて行きましたが、すると博士は中立的な立場になってきました。
私は、博士が全データを完全に承諾したとは思っていませんが、それでも博士は最終報告書に同意をしました。


3)
活発な議論は、非常に面白い質問を生み出します。私が答えを見つけられないいくつかの事。
チームメンバーは、惑星セルポで約10年間(地球時間で)を過ごしましたが、彼らは全てのデータを入力するノートパソコンの様なものは持っていませんでした。
彼らは、2台のレコーダーを持っており、可能な限りのデータを記録する責任を負っていました。しかしながら、チームメンバーは全てのデータが報告書に記載されなかった事を認めています。


ビル・ライアン氏の質問

4)
時間に関して。チームメンバーは、いくつかの時間計測用機器(例えば、機械式の腕時計など)を持っていった事は報告書に書いてある通りです。
それらの時計などは動作しましたが、惑星セルポの一日は地球より長い為に時間の基準にはならず、更に夜明けから日没までの時間もより長く、基準となるカレンダーも持っていませんでした。
彼らは、持っていった時計等を移動時間の計測(例えば、セルポの2つの太陽の移動するタイミング)などに用いていました。更に、彼らは仕事と休憩の時間を計る為にも用いていました。
しかし、暫く後には、チームは持っていった時計の使用を止めて、イーブ人式の時間計測を行う様になりました。その為、チームは持っていった10年分のカレンダーが使えず混乱を来しました。
更に24ヶ月後、チームは今日が地球時間の何年何月何日なのか正確に変換する事が出来ないほどの状態になってしまいした。
彼らは地球を出発した時に、大型の時計を準備していました。でも、この時計は電池駆動であった為、電池が切れる度に時計も止まりました。その内にチームは時計の電池を交換する事を忘れてしまい、こうして地球時間が分からなくなってしまいました。
チームは大量の電池も持っていきましたが、5年で使い切ってしまいました。困った事に、イーブ人達は、我々の電池と交換可能な電池の類を持っていませんでした。


5)
チームの持っていった物ですが、電気カミソリ、コーヒーポット、電気ストーブ、DIM(ふっふっふっ)、IBM電動タイプライター、科学計算用計算機、計算尺、データ収集用レコーダー、3種類の望遠鏡、その他いろいろ。
重量の許す限りの物を持っていきました。イーブ人達は、携行物の重量をしっかり量っていました。最大許容量は、4.5トン(9000ポンド)でした。
食料に関しては、軍用のCレーションを持っていきました。こうして10年間に必要な物を慎重に選定したのです。


6)
チーム編成に関する別の質問。なぜ女性は2名だけでしたか?
12名のチームメンバーを選定するのに関係した大きな問題を考えてみて下さい。各人の軍歴を完全に抹消しなければなりませんし、家族、配偶者、子供などが居てはなりません。人選は大変な困難な作業でした。
この様な制限の中、人選グループは、軍人の中から最良のチームメンバーを選出する事が出来ました。人選グループは、はじめに158名を選び出し、最終的には12名に絞り込みました。
この為に、心理学テスト、医学的テスト、その他の各種テストを行った結果、この12名は最良の資質を持った人たちとなりました。
なぜ女性が2名なのかは記述がありませんが、その2名の女性達は医者と言語学者として最良の人材だったとの事です。


7)
イーブ人達の文明は、なぜ地球の文明より高速な進化を遂げたのですか?
これについては、どこにもその記述が見あたりませんでした。しかし、地球に基づいた科学者達は、イーブ人の文化が単に1つの種から成ったので進化が異なる種、異なる言語などから成った文明より急速に卓越し加速したと推測しました。


8)
イーブ人の人口は、なぜ65万人程度なのですか?
チームは、数千人ものイーブ人が先の惑星間戦争で死んでしまったという以外の答えを見つけることが出来ませんでした。
地球に基づいた社会行動学の専門家は、イーブ人文明は、彼らのニーズを調整するための構造を持っていると推測しました。
チームメンバーは、セルポでの物品の配給に制限があるのを見ました。セルポの土地はあまり肥沃(ひよく)ではない為、高層建築物の中で有機式農業を使って作物を収穫していました。
これは公式記録の中で書かれていたのではなく私の推測ではありますが、イーブ人達は過度の人口増加により十分な量の食物や物品を供給できなくなる事を恐れていたのではないでしょうか。


9)
イーブ人達の文化について。 彼らもまた音楽を楽しみのひとつとしていました。音楽は音色のリズムのように聞こえました。また、彼らは歌も歌いましたしダンスも上手でした。ある仕事が終わったことを祝って踊ることもありました。
彼らは、よく円になって歌ったり踊ったりしていました。音楽は、ベルやドラムのような楽器を使って演奏されていました。テレビ・ラジオ放送のようなものはありませんでした。
彼らは、大きなボールを使ってサッカーのようにゴールにボールを蹴り入れるゲームをやっていました。このゲームのルールには非常に奇妙な規則があり、長い時間プレイをしていました。
他にも、子供達がやっていた別のゲームで、グループでフォーメーションを組んでプレイしていました。みんな楽しそうにプレイしていましたが、チームメンバーは何が面白いのか理解できませんでした。
イーブ人達は、テレビもラジオも持っていなかったけど、各自が腰のベルトに小型の装置を付けていました。その装置はやるべき仕事の詳細な指令や、これから起きる出来事に関するニュースなどが表示されました。
この装置は、テレビ画面の様な表示装置がついていましたが、それは3Dの立体表示でした。チームは、この装置を1台持ち帰ってきました。(これは今で言うPDAみたいなものだと思われます)


10)
イーブ人のエネルギー発生装置は、チームによって何度も繰り返して分析されました。しかし、チームは顕微鏡の様な精密観測装置を持っていなかったので、詳しい機能を理解することはできませんでした。
その発電装置は、どのような機器を接続しようとも必要とする電力を適切に供給する能力がありました。チームは、この装置が必要な電力量を自動的に検出して出力を自動調整するような仕組みを持っていると推測しました。
チームは、更なる解析のために、この発電装置を2台地球に持ち帰ってきました。


11)
惑星セルポは、1つの太陽の周りのみを周回していましたが、もうひとつの太陽は、2つの軌道内を回っていました。
以前にも申し上げたとおり、この件に関しては数百ページにも及ぶ詳細な解説文書が存在しますので、それを参考にしてください。


12)
なぜ何人かのチーム・メンバーはセルポに残ったのか?
報告書によると、残ったチームメンバーは自発的に残留を希望したとあります。彼らはイーブ人達の文化および惑星セルポ自身が好きになったということです。彼らには強制帰還命令は出されませんでした。
残ったチームメンバーとの通信は、1988年ころまで続けられましたが、その他の通信はありませんでした。
セルポで死亡した2名については、棺に納められ埋葬されましたが、最終的には地球に返されました。


13)
各チームメンバーは、惑星セルポでの滞在中に規定量を超える放射線を浴びてしまいました。その為、帰還した殆どのメンバーは放射線障害に関係する病気で死亡してしまいました。


14)
イーブ人達は、かつて他の惑星の種族と地球時間に換算すると約100年間ほどに及ぶ戦争を経験しました。
この戦争では、両文明によって開発された粒子ビーム兵器が使用されたそうです。最後にはイーブ人達は敵惑星を破壊し残った敵兵も駆逐しました。
イーブ人達は、私たちの銀河系にある他の数種族の宇宙人達が敵対的であると私たちに警告しました。
イーブ人達は、それら種族に関わらないようにしています。危険が少ないと判断された為か、報告書には具体的な敵対的種族の名称などは記載されていませんでした。


カール・セーガン博士について1934年11月9日ニューヨーク州生まれ、1996年12月20日骨髄癌の為ワシントン州で死亡。
皆さんも既によくご存じの通り、アメリカを代表する天文学者、教育者、および惑星研究者で、コーネル大学の惑星の研究のための研究所の所長でした。
プロジェクト・セルポの最終報告書は、セーガン博士と共に1980年に書かれました。このプロジェクトに関わったことで得られた知識を元にして1985年のベストセラー「コンタクト」は書かれたと信じています。
この物語は、1997年にジョディーフォスターが主演の映画として撮影されました。

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