以下の情報は英国情報部第6課(MI6)を代表すると主張している誰かからヴィクター・マルティネス氏まで送られて、2006年8月24日に彼によって発表されました。 これは、前のリリース#19と同じ情報源から来ませんでしたので、ヴィクター氏は元々のアノニマス氏(#1~#11,#19の提供者)に意見を聞くと、アノニマス氏は以下の短いメッセージを送ってきました。 これの何が新情報なのですか? 誰かが我々の書いた他の情報から抜き出してこれを創作したのでしょう。新しいことは何も述べられていません。 私は、これがMI6から来たというのを疑っています。誰かが捏造したのだと思います。 私は、セルポに関連した情報を監視して、私と私のグループに報告をしてくるメンバーをあなたのメーリングリストの中に潜り込ませている事を申し上げておきます。 ビクターマルティネス氏は、下記の情報が偽物である事が証明されたなら、このメッセージをこのサイトから削除するようにと要請してきました。 ■ビクターマルティネス氏がMI6のアノニマスⅡと称する人物から受け取った情報 XXXXXX氏は、1958年夏に「プロジェクト・クリスタルナイト」に参加しました。 XXXXXX氏は、宇宙人との通信にプログラムに参加する為に、ホロマン空軍基地に配属されました。 XXXXXX氏は、1952年にロズウェル事件についての部分的な説明を受けていました。 XXXXXX氏は、イーブ1号とはいかなる接触も持ちませんでしたが、彼は写真やフィルムでそれを見たと言います。 このフィルムは、他の人達がこのプログラムでの説明のために見た物と同じです。 1958年の夏、XXXXXX氏は最高機密の会議のためにサンディア基地(コイトランド空軍基地)に呼ばれました。 そこには司令官らが出席していました。 [一般的情報] アメリカ空軍のチャールズ・キャベル将軍は、プロジェクト・クリスタルナイトを統括管理するグループを担当していました。 [サイト管理者による注釈:チャールズ・キャベル将軍はアール・キャベルの兄弟でした。そして、その人はJFK暗殺事件当時のダラスの市長でした。巻末のメモを参照して下さい。] グループの他のメンバーは、以下の通りです。 フィル・ハウエル ジョージ・シムラー マイル・ドイル ボブ・ホール カーティス・フリスビイ ハリー・ロブ アール・バッツ リチャード・ハマスキー ジャック・トーマス 以上の全員は、アメリカ空軍に所属しており、殆どは空軍のセキュリティーグループ(空軍情報部)に所属していました。 この会議では、他の惑星に住む知的生命体とのコンタクトに関する驚異的な計画が披露されました。 このプロジェクトは、何段階もの過程を必要としました。 最初に、世界各地にETからの通信をサンディア基地の中央司令センターに中継する施設の設置する事です。 サンディア基地(コイトランド空軍基地)1950年代後期に宇宙からの信号を集める事が出来る「スペース・ディッシュ(XXXXXX氏による造語)」を設置していました。 グループは、「高度な」通信システムがロズウェル事件で回収・修復された異星人の宇宙船から見つかった事を話しており、この通信システムで異星人と通信を行っているという事でした。 米空軍の第2044通信中隊は、ロスアラモス国立研究所からとアメリカ軍通信部隊から選ばれたメンバーで、通信システムをさえぎる役割を果たしていました。 ロズウェルで発見された生きている宇宙人は、通信システムを正しく動作させる為の技術情報を提供しました。 第2044通信中隊の3人のメンバーは、宇宙人の通信システムを動作させる為の訓練を受けました。 この通信システムは複雑で、墜落した宇宙船から見つかった宇宙人の特殊なエネルギーデバイス「クリスタル・レクタングル(PVEED-1)」が必要でした。 一旦、第2044部隊の技術員がシステムを習得すると通信機能を動作させられるようになりました。 しかし、最大の問題は異星人達の言葉が分からないことでした。 この通信システムは、異星人の言語に基づいて動作しており、それは異星人と作業をしていた1人か2人の米空軍の士官のみが分かっていました。 このように通信システムは異星人の言葉で書かれる事で動作する複雑な物でしたが、空軍の上層部はあまり詳しく理解していなかったようです。 1952年から1958年の間、アメリカ陸軍・空軍の両軍の言語学者たちは、宇宙人語の翻訳作業に取り組みました。 しかし、ある種の[言語学的な]基礎値情報なしでそれを行う事は大変な困難を伴いました。 生存している宇宙人は、彼らのアルファベットを教えてくれましたが、その宇宙人も彼らの言語から英語へ翻訳するという十な知識も情報も持っていませんでした。 彼は何とか、2つの言語間の簡単な比較程度はできたそうですが、十分に我々の言語を理解することはできなかったようです。 第2044通信部隊が通信システムで何らかの信号を受信していたので、通信システムが機能していることは明らかでした。 しかし、誰もその信号を翻訳することは出来ませんでした。 受信した信号は、小さなスクリーン(非常に小型のテレビのような物)に表示することに成功しましたが、それは宇宙人語で表示されていました。 我々が出来たことと言えば、宇宙人語のシンボルをコピーして、いつの日かそれが翻訳できる日が来ることを待ち望むことだけでした。 XXXXXX氏は、通信システムが機能したことを知っていたので、宇宙人が生きている間に通信システムで数種類のテストをしたのだろうと思いました。 彼らも宇宙人語の重要なシンボルについては大凡知っていました。 こうしてついに、数名の賢人達の努力により、我々は受信したメッセージのおよそ7割ほどを翻訳することが出来るようになりました。 それは宇宙人達から何を送ってきたのかを理解するには十分でした。 宇宙人達は、地球に再びやってきて、彼らの僚友(生きている者、死んでいる者)を迎えに行きたいということでした。 我々の任務は、このイベントを計画し、必要な物資輸送などをの全てを提供することでした。 大凡の準備が整った頃、空軍の通信スペシャリストの1人は、宇宙人に英語でメッセージを送ろうと考えました。 しかし、宇宙人の通信システムは英語の文字を取り扱えなかったので、困難なことでした。 しかし、空軍の発明の才は活動し始めました。 新しく作成された機密扱いの軍事通信システム(TAC-STAR)を利用して、我々はTAC-STARのキーボードをなんとか接続することができました。 これで、我々は宇宙人の通信システムに英語でメッセージをタイプする事ができるようになりました。 随分時間が掛かりましたが、どうにかこれは動作しました。 我々は、アルファベットと数字でメッセージを送りました。 我々は数字の概念は、宇宙人のそれと似ていていましたが、混乱するので数字の代わりに線を使って表現することにしました。 いくつかのメッセージを交換した後、我々が彼らの言語を理解する前に、彼らは我々の言語を理解したようでした。 我々は、常に進化した文明と遭遇していたことは明らかでした。 1960年頃から、我々は彼らから英語でメッセージを受信し始めました。 彼らの文章は完全なものではありませんでしたが、意味を理解するには十分でした。 その辺りから、我々は数字を除いて英語だけで情報の交換を行いました。 彼らが誤った場所に着陸しないようにする為、我々は彼らの数字の概念を使用することにしました。 こうして我々は彼らの着陸座標を示す緯度と経度を提供することが出来ました。 さらに、初期の空軍のパイロットが使用していた軍の座標系も提供しました。 1962年頃、我々はついに写真を送る方法がわかりました。 これについての詳細を私に聞かないでください。 XXXXXX氏は、その技術情報の詳細を知る立場にはありませんでした。 我々は、彼らに着陸地点を示す白黒の写真を送りました。 これは難問の一つでしたが、彼らを何処に着陸させるのかということで、我々はあまり知られていない場所にしなければなりませんでした。 何百もの候補地があげられました。 最初に選ばれたのは、殆どが離島でした。 しかし、それらの場所では実務上の問題が沢山ありました。 そこへ行くには船で行かねばなりませんが、公にバレてしまう可能性もありました。 そして、疑われない遠くにある場所を選び出しました。 選択チームは、ニューメキシコ州のアラモゴードの近くにあるホロマン空軍基地の西を選びました。 実は、彼らは、2つの場所を選んでいました。 ひとつはホロマンにある偽の場所でした、そして実際の着陸場所は、ホワイトサンズでした。 1962年の後半頃、我々全員がロスアラモスの地下にある機密区域で会合を開きました。 そこで我々はアメリカ軍の軍人と宇宙人を交換留学させるという驚くべき政府からのニュースを耳にしました。 XXXXXX氏が全ての事柄について詳細に覚えているというわけではありませんが、彼は会議に出席した上層部の人間の中には、それが間違った[悪い]アイデアであると思った人が居た事を記憶していました。 懐疑論者たちは、生き残った宇宙人(イーブ1号)が語った事以外、宇宙人の種族に関する何の情報も持っていなかった事を懸念していました。 どうやって、我々はチームメンバーを他の惑星に送る事を信頼させたのか。 我々は、その惑星が40光年(正確には38.42光年)離れた場所にあるという事は知っていました。 旅行期間はどれくらいなのか? それと、どうやってその旅行に備えればいいのだろうか? これらはメンバー全員が尋ねたい疑問でした。 しかし、主導者(主にキャベル将軍)は、既に計画済みであると言いました。 どうやって? 恐らく、我々は宇宙人とのよりよい通信手段を確立したのでしょう。 大部分のメンバーがそれのすべてを知っていたのかは疑わしいです。 というのも、我々は細分化されて、全てを知る人は居ませんでしたから。 XXXXXX氏は、1964年頃に宇宙人との交換留学が実施されるだろうと推測しました。 しかし、彼にはこれについて公式に知る権限はありませんでした。 次の難問は、チームメンバーの選定でした。 宇宙飛行士訓練指揮官であるボブ・ホール氏がこれを担当していました。 他にも、新設間もないDIA(アメリカ国防情報局)とCIAから何人かが参加していました。 我々はどうやってそれを行うのかを決めるのに数ヶ月を要しました。 そうして、全チームメンバーの記録を抹消する計画がまとまりました。 出された広告は、宇宙開発計画に興味のある志願者を募集するものでした。 それは半機密扱いで、アメリカ空軍がスペシャルチームを月探査の為の人選を行っていると偽装されました。 そして、これらの人々は特別なトレーニングと特別な選択プロセスを経験しなければなりませんでした。 このチームの試験を受けている軍人の誰がも本当の任務を知りませんでした。 応募者は500人ほどでしたが、そこから160人ほどに絞り込みました。 しかし、問題がありました。 この任務で必要な一部の専門家が見つからないのです。 また、必要最低限の条件として子供がいない結婚経験のない独身者、できるなら孤児が望ましいという事でした。 アメリカ空軍は、2人の医者と数人の他の専門家を招き入れねばなりませんでした。 最後に、選択プロセスの数ヶ月後に、12人の候補者と4人の予備候補者からなる16人のチームメンバーが選定されました。 こうしてチームが編成されると、彼らは世界中のあらゆる場所で、非常に広範囲なトレーニングをおよそ6ヶ月間受ける事になりました。 彼らのID、納税者番号、社会保障番号、軍歴、出生記録など全ての記録が抹消されました。 こうして彼らは、「名も無き人々」となったのです。 彼らには、それぞれ3桁の数字が与えられました。 任務が完了するまでの約13年間、彼らはトレーニングの初日からこの数字で呼び合う事になりました。 各チームメンバーたちがしなければならなかったもう一つの非常に奇妙な事柄として、彼らの誰かがいかなる理由であっても途中で任務から抜けるのであれば全任務が完了するまで監禁されるという誓約書にサインをするということでした。 思い出してください、この時点で彼らはまだ任務が何であるか知らないのです。 これは予備候補者を含めて、任務期間中は監禁されるという事を意味していました。 この時点で、正確な任務の期間は知らされていなかったようです。 大部分のトレーニングは、ヴァージニア州のキャンプペリーで行われました。 トレーニングの最後の段階まで、チームの正確な任務は明らかにされませんでした。 選抜されたチームメンバーは、世界で最も難しくて大変なトレーニングを行いました。 その多くは、宇宙飛行士のトレーニングと似ていました。 多くの生理的ストレストレーニング、高地トレーニング、更にはパラシュートトレーニングがブラッグ陸軍駐屯地で行われました。 チームメンバーは、サバイバル術、危険回避と脱出トレーニングを行うことによって、武器と戦闘トレーニングを経験しました。 既に我々はロズウェルで回収した宇宙船を持っていたので、チームメンバーはそれがどの様な機能を持っているのか、非常事態にそれをどの様に飛行させられるのかを訓練しました。 [チームメンバーとパイロット#225は、惑星セルポからどのような脱出飛行でもできたでしょう。パイロット#308は肺塞栓症で死にました。] 彼らも、基本的な宇宙人の言語、アルファベットとフレーズを学びました。 宇宙人のしゃべり方は、基本的に高いピッチの歌うような声で話しをしたので、これを習得するのは困難な事でした。 殆どのチームメンバーは、この発声法の習得が最大の難関でしたが、2人の言語学者[#420と#475]は、他の者より早く習得できました。 訓練期間中、ある1人のメンバーが、こんな危険な任務には就けないと言い出しました。 しかし、任務から離脱すると、レブンウォース軍事刑務所に幽閉されることを知った為、彼は任務を継続する事を決めたといいます。 着陸日付は、1964年4月24日に設定されました。 関係するグループ全員は、極秘裏にホワイトサンズに集合しました。 我々は、ホロマン基地の検査員のフリをして検査を通り抜けました。 最初にやってきた宇宙船は、着陸位置を間違えていました。 それは明らかに着陸座標を間違っていたようで、ニューメキシコ州のソコロの近くに着陸しました。(ロニーサモラ事件です) [訳注:これは1964年4月24日にニューメキシコ州ソコロにアルミニウムの様なUFOが着陸したと騒ぎになった事件です] 2機目の宇宙船は、正しい場所に着陸しました。 ジョンソン政府のメンバーが、このスペシャルグループに加えられていました。 宇宙人は、#19の投稿にあるようなプレゼントを贈りました。そして、我々は宇宙人から渡された翻訳装置を使って彼らと情報交換ができました。 ここでの会議は、約4時間ほどでした。 その結果、実際の交換留学計画の実施は、来年以降にすることが決められました。 我々のチームは既に出発の準備が整っていたのですが、宇宙人達は翌年まで待つように要請しました。 その時期は、1965年7月に設定されました。 XXXXXX氏は、この会合に裏方として立ち会っていました。 この会議での様子は、全て、録音テープとフィルムに記録されました。 この計画の遅れは、我々のチームメンバーに問題を引き起こしました。 我々は、実施までの15ヶ月間、彼らをどうしたらよいかのでしょうか。 結局、チームメンバーは、およそ12ヶ月間のトレーニングに戻りました。 最後の数ヶ月間は、チームメンバー達は、レブンウォース軍事刑務所に収監されました。 我々は、交換留学のために、もうひとつ場所を決めなければなりませんでした。 1964年4月の会議では、着陸地点を決められませんでした。 我々は、宇宙人訪問者達に、着陸地点を決めてから通信システムにて連絡するという事を知らせました。 次の着陸地点は、ネバダテストサイト[NTS]に決められました。 既に我々は既に数百人もそこで雇っていたので、何をするにしても怪しまれることなく実行することが出来ました。 我々には、NTSの着陸地をごまかすもっともらしい話しをでっち上げる為に良い対諜報戦略がありました。 この地域でおこりうるであろう目撃事件をごまかすために、我々はU2とSR-71偵察機の発着数を増やしました。 また、低レベルの飛行をも増やしました。そしてこの近隣に住む少数の人々が宇宙船の着陸に気付かないようにしました。 1965年7月16日に、宇宙人は、NTSの正確な場所に着陸しました。 この時は、簡単な会合となりました。 ジョンソン政府のほんの少しのメンバーだけが立ち会っていました。 我々のグループは出席しましたし、問題なく交換留学計画は実施されました。 我々のチームは、およそ40トン[90,500ポンド]の資材を持って行きました。 着陸した2機の宇宙船は、特に問題なくこれらの荷物を運んでいきました。 着陸した2機の宇宙船は、シャトル機であったと後で知らされました。 より大きな宇宙船は、我々の月と火星の間のどこかで待機していました。 我々のチームは、1978年の報告で「宇宙人の巨大宇宙船」として述べられています。 宇宙旅行をしている約10ヶ月の期間中、我々は宇宙人の通信システムを使ってチームメンバーとの連絡を取ってきました。 セルポに到着後も連絡は取りましたが、それは不定期なものでした。 チームメンバー達は、1978年8月に地球に帰還しました。 8人のメンバーだけが帰還しました。 2人は、惑星セルポで亡くなりました。彼らの遺体は返されました。 2人のメンバーは、惑星セルポに残留することを決めました。 帰還した8人は、ロスアラモス研究所の特殊な施設で、1年間完全に隔絶されて生活しました。 隔離と報告が終わった1年後、彼らは兵役に戻るか引退する為に、新しい身分が与えられ、また特別ボーナスも支給されました。 6人は退役することに決めましたが、2人は現役のままでした。 現在、この8人は全員が死亡しています。 XXXXXX氏は、アノニマス氏によって提供された全ての情報を信じている訳ではありません。 アノニマス氏の報告には、チームのトレーニング、選択プロセス、コミュニケーションシーケンスと女性におけるいくつかの矛盾点があります。 XXXXXX氏は、女性が任務に参加していた記憶はないと言っています。 アノニマス氏の情報の大半は事実ですが、全メンバーが訓練の開始と共に与えらた3桁の数字については若干の相違があります。 XXXXXX氏は、この問題に対するいかなる特別な注意も望みません。 彼は民間人で、UFOまはアメリカ政府のUFO関係の調査に関してどのような情報でもこれまで公開しませんでした。 アノニマスⅡ/MI6所属 |
チャールズ・キャベル将軍に関する補足説明チャールズ・キャベル将軍は、ビッグス湾侵攻失敗の責任を取ってCIA長官アレン・ダレスとリチャード・ビッセルと共にケネディー大統領から解任されました。 ビッセル氏はCIAのビッグス湾での秘密作戦の総指揮を執っていて、キャベル将軍の弟のアール・キャベル氏は、JFK暗殺事件当時のダラスの市長でした。 ダレス氏とビッセル氏が1961年5月に解任されると噂されていた頃に、CIAの副長官だったキャベル将軍は1962年1月31日にケネディー大統領によって解任されました。 ケネディー大統領は、キャベル将軍が機密情報をマスコミに漏らしたのではないかとの疑念の元に、キャベル将軍を解雇しました。 |
Eメール#19へ Eメール#21へ |