これは、アノニマス氏によって2005年12月21日に投稿された11番目のメールの内容です。 |
私たちのチーム・メンバーに関して ■質問 もし、チームメンバーが「正体を隠して」いたのであれば、お互いになんと呼び合っていたのですか? (訳注:「正体を隠す」は、原文では「sheep dipped」となっており、これは直訳するなら軍人が諜報活動などの為に民間人に成りすますことを意味しますが、ここでは意訳的に解釈して「正体を隠す」としています) ■回答 チームメンバーは、お互いを名前で呼んではいませんでした。最終的に選考された16名(予備4名を含む)は、それぞれ3桁のコードナンバーを与えられており、彼らはコードナンバーによってのみ識別されていました。 各チームメンバー同士でも、名前ではなくコードナンバーで呼び合っており、本名は全く使用されませんでした。 しかし、一旦地球を去った後は、彼らはそれぞれニックネームを付けて呼び合っていたという事です。 例えば、チームコマンダー(指揮者)は「Skipper/スキッパー(船長)」、医師達は「Doc-1/ドク(医者)1」「Doc-2/ドク2」、パイロットは「Sky-King/スカイキング」「Flash-Gordon/フラッシュゴードン」などと呼ばれました。 もし、彼らがセルポで本名を使用したとしても、大きな問題ではありませんでしたが、それでも彼らはニックネームかコードナンバーを使用する様に十分に訓練されていました。 チームコマンダーの日記について ヴィクター: 私は、あなたが失望したり私への信頼を失わないことを望みます。私は、あなた方と同じように旧休暇が必要でした。 私は、USG intellコミュニティーの人々と、この非常に複雑な話題について調整を行っています。 更に、私とDIA-6は、残りの写真についての作業も行っています。 チームコマンダーの日記の内の4ページが、あなた方のUFOメーリングリストに投稿されます。 この日記は長大な上に全て手書きですので、私は4ページをタイプするのに数日もかかってしまいました。 以下は、チームコマンダーの実際の日記です。この日記は、出発日の午前から始まっています。 各チームメンバーは、管理の為に各人が3桁のコードナンバーを持っていましたし、更に未解説のコードや略号がたくさん出てきます。 私は、「正確に」単語や略語をタイプしましたし、一切の変更をしていませんので、あなたも一切の変更や修正をしないで頂きたいと思います。 私が書いた事を強調するために大文字で記入した文章がありますので、これも変更しないで下さい。 (訳注:DIAとは、Defense Intelligence Agency の略で、即ち「アメリカ国防情報局」) 第1日目 準備は整った。我々は最後までやり遂げる決意で一杯だ。チームは、落ち着いているが、やる気に満ちあふれている。 MTCとMTBのよる最終の状況報告。積荷はイーブ船に積み込んだ。銃に関する問題があるかも知れない。 MVCと話してみよう。899と203は全ての武器に関する責任者だ。 全ては順調にいっている。700と754は、各メンバーに搭乗前の最終確認を行うだろう。 OK、全ての荷物は積み込んで収まりもいい。ランデブーポイントに到着したら、全ての荷物を母船に積み替えねば。 エキサイトしてきた感じだ。予約の無い旅行。MTCが全員に最終の意思確認をした。全員が行くと答えた。よし、我々は出発する! イーブ船の内部は大きい。3層構造になっていて、これは我々が訓練で見た物とは違っている。あれは偵察機だったようだが、これはシャトル機だ。 荷物は最下層に格納して、我々は中間層に座っている。クルー達は最上層に座っている。 立体的に見える奇妙な壁がある。ここは3区画に分かれて、各区画に4人づつ分かれて座っている。 シートではなく単なるベンチだ。我々にはそのシートは小さすぎた。 MVCは、酸素も特別なヘルメットも不要だと言っている。どうしてよいか分からない。OK、最終チェックだ。MTCは、最後に一言「祈っている」と言った。 我々は、イーブ船に乗り込んだ。475は神経質になっているようなので、700に見張らせることにした。 ハッチが閉まった。窓はないので外が見えない。全員が自分のシートに着いた。シートベルトは無い。OK、バーで体を固定した。 宇宙船のエナジー・スラスターと呼ばれるエンジンが始動した。動いている様な感じがするが、内部では何も起きていない。まだこれを書いていられる。 今、めまいがしてきた。隣に座っている102が気絶したようだ。何ともいえない奇妙な感じだ。正常な思考が出来そうにないので、また書き直さねば。 第1日目の2 母船とのランデブーポイントに到着した。何処にいるのか全く分からないが、この旅行では皆が気絶したり激しく混乱しているようだ。 腕時計を見る限り、約6時間が経過している。あるいは、もっとかかっているのかもしれない。 我々は13時25分に出発し、今は19時39分だが、日付の確信がない。 大型船へ移動した。我々は甲板か何かそんな所に立っている。多くのイーブ人達が手伝ってくれている。 彼らは我々が混乱している事を分かってくれているようだ。 積荷の一つは、大型搬送機で降ろされた。積荷を載せているプラットフォームは荷を降ろすことなく動いている。 この船の内部は巨大なビルのように見える。天井までの高さは100フィート(約30m)ほどありそうだ。 OK、我々は別の場所へと移動してる。OK、別の部屋(区画)へ移動した。なんて巨大な船なんだ。どれほどの大きさがあるのか全く説明出来ない。 我々は別のエリアへ歩くのに15分ほどかかった。何か我々の為の特別な場所のようだ。 イスは大きいが10人分しかない。OK、203と私はこれらのイスの上にある別の場所に座る事にしよう。 我々は、ある種のエレベータのような物で移動したが、それがどうやって動いているのか分からない。 皆、空腹だ。バックパックにはCレーションが入っているので、皆でそれを食べる事にしたが、MVCに尋ねてからにしなければ。 でも、彼が見あたらないし、ここにいる2人のイーブ人とは言葉が通じそうにない。 彼らは親切そうだったので、420が彼の語学力を駆使して尋ねてみる事にした。面白い、金切り声を上げるような音(声)だ。 我々は、食事をしたいと身振り手振りを交えて伝えた。片方のイーブ人が何か容器を持ってきてくれた。 なんだか分からないが、彼らの食料だと思う。お粥またはオートミールの様だ。 899が食べてみた。すると、899は「紙みたいな味がする」と言った。我々は、Cレーションの方が良いと思った。 OK、ようやくMVCが現れ、まもなく出発すると伝えてきた。「2ミル」が何を意味するのか分からないが「分」の事なのか。 出発前に食事を済ませるのが良いという事ではなさそうだ。 無重力状態を感じる事はなかったし、めまいも感じなかった。この先何が起きるのか予測出来なかったが、着席しなければならない事を示していた。 第2日目 どれだけの時間、コンテナの中に居たのか定かではない。我々はイスに座っていた。透明なカプセルが我々を覆うように置かれている。 我々は、一人一人この泡の様な球体の中に入っていた。呼吸も出来るし外も見えるが、めまいでくらくらしてきた。 眠ったのだろうか、それとも気絶したのだろうか。別に日になったと思うが、腕時計を見ると座ってから1時間しか経過していないが、翌日になったと思う。 精密な時計は、別の部屋に置いてあるバックパックに入っている。我々は、まだこのカプセルの中にいるが大丈夫だ。 899がこのカプセルから出る方法を見つけたらしくで外に立っている。彼は、私のカプセルを開けてくれた。 このカプセルから出てよいのか分からなかったが、899が言うには、イーブ人が来て我々を見たがそのまま立ち去ったそうだ。 他のメンバーは眠っている。899と私はこの部屋を散歩した。 私は精密な時計を探した。24時間以上旅行しているように思えた。窓はない。当初、この旅は、我々の時間で270日掛かると言われていた。 OK、イーブ人が入って来てイスを指さしたので、我々は戻る必要があると思って中に戻った。 エントリー 今が何日目なのか確信がないので、「何日目」ではなく単に「エントリー」と書くことにする。 我々は、ひどいめまいに悩まされている。胃がひっくり返ったみたいだ。 700と754は、胃を楽にする薬を与えてくれたのだが、まだ気分が悪い。 我々は、目の焦点を合わせることができず、またどちらが上か下か座る方向も判らなくなった。本当に気分が悪い。 投薬によって多少は食べられるようになってきた。700と754の指示で、持って行った水を飲むと多少は気分が良くなったが、何も考えられずビョーキのようでナニもカケない。 エントリー 気分が良くなってくれ。イーブ人達が部屋に入ってきて何かをしていた。 すると、視界が良くなり、めまいもなくなった。我々は再び食事を摂り、沢山の水を飲んだ。ずいぶん気分が良くなった。 我々はカプセルから出ているが、一定の時間はカプセルに戻らねばならない。 イーブ人は、我々に入口のパネルにある一連のライトを示した。緑、赤および白のライト。 赤いライトが点灯したらカプセルに座り、白いライトの時は自由にしていられた。イーブ人は、緑のライトについては説明しなかったが、恐らく良くない合図だと思われた。 我々は、今日が何日なのか判らなくなった、単に23時19分というだけだ。633によると、我々の持って行った日付記録計は正常に動作していないようだ。 彼は、既に10日が経過していると考えているが定かではないという。我々は常にこの狭い部屋に閉じこめられている。 私はこの部屋は我々のために作られた部屋で、ここにいれば安全だと考えている。 だから、この部屋を出るのは賢明ではないと思う。ここは無重力ではないが、どのように重力を発生させているのかは判らない。 しかし、部屋の中を歩いてみると、多少頭がくらくらする。この部屋は予圧されているようで、耳がひどくポコポコする。 270日間この部屋に座っていなければならないのは、かなり退屈だろう。何もすることがない上に、我々の装備は別の場所に保管されている。 バックパックを持ってはいるが、中身はわずかな装備だけだ。 掃除をしたいと思ったが、我々が使用している容器以外にバスルームは無い。それはイーブ人が時々空にしてくれる金属製の容器だ。(訳注:排泄物を入れるトイレに関する事だと思われる) イーブ人は、彼らの食料を持ってきてくれるので、皆でそれを食べてみた。 確かに紙のような味がするが味という味ではない。きっと宇宙旅行用の特別な食事だと思う。 700はいつもそれを食べている。彼は気分が良さそうだが、彼の腸は調子が良くなさそうだ。 彼らの水は、ミルクのように見えるが味はリンゴみたいだ。実に奇妙だ。 エントリー この記録を始めてから随分と長い時間が経った。25日ほど搭乗していると推測されるが、我々はカプセルの外に出てから5日ほどだ。 長い間、カプセルに閉じこめられていた。 我々は、窮屈さから脱するために、最後はカプセルを開けることが出来たが、実際に出てみると気分が悪くなった。 めまいと混乱、中にはまともに歩けない者もいる。 我々は排泄に苦労した。イーブ人の食事を食べていた700と754は我々のような病状は無いように見えた。彼らは我々に投薬治療を行ってくれた。 イーブ人がやって来て、我々の頭部に青みを帯びたライトを当てると、ずいぶんと気分が良くなった。しかし、イスに戻るように指示をされたので戻ることにした。 我々はイーブ人に排泄物の容器とイスを示して、これは間違った方法だと説明した。 彼は理解したようで部屋を去っていった後、カプセルの中に置ける小さな容器を持って戻って来た。 更に、彼はミルクの様な液体のビンも持ってきて、我々に飲むような仕草を見せた。 それで、我々は排泄物用容器とミルクのような液体のビンを持ってカプセルに戻り座っている事にした。 その液体を飲むと気分が良くなってきたが、518はまだ調子が悪そうだ。しかし、まだカプセル内に留まるように指示された。 エントリー 私は、どれだけカプセルに留まっていたか判らないが、イーブ人がやってきてカプセルから出るような仕草をして見せた。 我々は、めまいも悪い気分もなく歩き回ることが出来た。 イーブ人は、部屋から出ても良いと言ったので、我々はとても細長い通路に沿って20分ほど歩いた後、エレベータのようなモノに乗ると、動いているのがハッキリ判るほど高速に動いた。 我々は多くのイーブ人達が座っているとても大きな部屋にやって来た。恐らくこれはコントロールルームだろう。 我々のエスコート係が部屋に入れという仕草を見せた。 我々は多くのランプがついているコントロールパネルを見る事が出来た。 そこは4つの異なるステーションに分かれており、それぞれにイーブ人が6人づつ作業をしていた。それらのステーションは同じフロアー上にあった。 この部屋の最上部には、シートが一つだけ備えられており、パイロットか指揮官と思われるイーブ人が一人座っていた。彼は計器パネルの監視に忙しそうだった。 そこには沢山のテレビスクリーンがあり、全てイーブ語で表示されていた。また水平・垂直のラインのような表示がなされていた。何らかのグラフだったと思う。 我々は、やっかいなイーブ人の付き添いなしに自由に見て回ることが出来た。633と661は実に興味深げだった。633は特に熱心に見ていた。 窓が1つあったが、何も見えなかった。暗闇だったが、波打つようなラインが見て取れた。 恐らくある種の時間のひずみではないかと思う。我々は光速より早く移動しなければならないが、窓の外には何も見えなかった。 OK、最後にMVCがやって来て、今はちょうど道程の半分ほどの位置だとブロークンイングリッシュで説明してくれた。 何もかも皆順調だ。宇宙船が、彼が言うこの「時間の波」から出られれば、我々の気分はもっと良くなるだろうと思われる。 MVCは、我々に船内の何処でも自由に見て回って良いと言ったが、我々は一緒にいるべきだと思った。 まずは移動装置の操作方法を教えて貰わねば。エレベータのようなものだと思う。操作ランプの上に手を置くだけの単純な操作に見える。 白と赤のランプがある。動く時は白いランプ、止まる時は赤いランプのようだ。 ある種の音が鳴っているが、MVCはそれは単なる宇宙音だと言う。彼の言っている意味が分からない。 我々は、船内を歩き回ることが出来たが、船体があまりに巨大なので、この船がどれほどの速度で航行出来るのか分からない。 633はエンジンを見たがっていた。MVCは我々の内の4人をエンジンルームへ案内してくれた。 かなり巨大でそれぞれ金属製の大きな容器に収まったものが複数ある。 それらは円形に配置され、それぞれから大きなチューブかパイプ状の物が中心へ向かって接続されている。 中心には銅の様な色をしたコイル状の物が見える。コイルの中心から上に向かってまばゆく光るライトがある。 うなる様な音が聞こえるが、特に大きな音は聞こえない。661は反物質反応炉であると考えているようだ。 [ 以上が、チームコマンダーの日記 ] ■質問 墜落現場で見つかったというイーブのエネルギー発生装置(Energy Device = ED)について詳しく説明して下さい。 ■回答 分かりました。それは次の通りです。 外形:9インチ×11インチ×1.5インチ(22cm×28cm×3.8cm)、重量:26.7オンス(約756グラム) EDは透明で硬質プラスティックの様な材質で作られていました。 左下に接続端子の片側となる小さな四角い金属チップがあります。 右下に別の金属チップがあり、これがもう片側の電極です。 電子顕微鏡を使って調べてみると、EDは内部に微少な丸い泡が沢山見えます。 この泡の中には非常に微細な粒子があります。 EDから電力を取り出すと、この粒子はもの凄いスピードで時計方向に回転を始めます。 泡の周囲には、更に何か未確認の物体があります。 電力を供給している間は、この流体は透明からかすかなピンク色に変わり、温度が38~46℃程度に発熱します。 しかしながら、この小さな泡は熱くならず、この流体だけが熱くなります。泡は、22℃で一定でした。 EDの境目付近には、ミクロサイズの微細なワイヤーがあり、電力を供給している時に、このワイヤーが広がります。 この広がり具合は、供給する電力の量に比例します。 我々は、EDを徹底的に調査しました。 EDは、0.5Wの電球から家中の全電力まで電力を供給する能力がありました。 EDは、必要な電力を自動的に検出して出力電力を自動的に調整します。 EDは、磁性体を含んだ装置を除き、あらゆる電気機器に電力を供給出来ました。 磁性体は、EDの動作を妨害したようでしたが、我々は対処方法を開発出来ました。 私はここでは科学的専門用語を使用するつもりはありません。[国家の安全上の意味のために] 以上が、質問にあったEDに関する基本的な情報です。 おかしな事ですが、我々の回収チームが墜落現場で最初にEDを発見した時は、透明なプラスティック状だった為に、それを窓の一部であると思いました。 その為、イーブ1号は、EDがどの様な動作するのか我々に見せなければなりませんでした。 しかし、EDの完全な解析の為には、まだ長い年月が必要になります。 間もなく全てが理解出来ると確信していますが、この事はプロジェクト・セルポの最終報告書には記載されていません。 ■イーブ1号~5号について イーブ1号は、1947年にニューメキシコ州ロズウェル近郊のコロナで発見された墜落事故の生存者でした。 イーブ2号は、最初の交換留学の為に地球を訪れた科学者でした。私は彼の正確な滞在時期を知りません。 イーブ3号は、女性の科学者でした。 J-RODは、イーブ人達によって創成されたイーブ人のクローン・イーブ人でした。 J-RODについては非常に複雑な問題があり、全てが語られる事は無いでしょう。 J-RODの実体については最上級のトップシークレットのままでしょう。 あなたのUFOメーリングリストでは、この話題に関してはここまでで閉めて、将来的にもこれ以上質問に答えることはありません。 なぜJ-RODがこれほどまでに機密扱いになったのか? 人々はそれが公式にどういう意味があるのかについて思索しましたが、その情報は永遠に公式資料には記載されないでしょう。 ビル・クリントン大統領は、交換留学事業の継続を望んでいましたが、政権の他の者達が、それが誤ったことであるとして却下してしまいました。 その為、イーブ5号を最後に1994年で終了することになりました。 ■質問 UFO関連書籍の著者、ホイットリー・ストリーバー氏は、1960年代に人類と宇宙人の交換留学事業に関係していたという人物から連絡を受けた事を主張しています。 実際にストリーバー氏は、チームメンバーの内の誰かと会ったことがあるのでしょうか? ■回答 1989-90年頃にホイットリー・ストリーバー氏に接触した人物は確かにチーム・メンバーの一人でした。我々は彼を知っているし、彼がストリーバー氏に1,2回ではなく3回も接触した事をも知っていました。 チームメンバーの生存者はみな、DIAの特別部局によって注意深く監視されていました。最後の生存者は2002年にフロリダ州で死亡しました。 ■ロバート・スタンリー氏からの質問 ヴィクター氏へ 以下の一文に関するより詳細なコメントを下さい。 “でも、イーブ1号がワシントンDCに(とても厳重な管理の下)連れて行かれた時、晩秋の気候でしたが、彼には寒すぎたようです。” ・これはいつのことでしたか? ・イーブ1号は、どれくらいそこに滞在していましたか? ・彼は、どこに滞在していたのですか? ありがとう。 ロバート・スタンリー Unicusマガジン ■回答 それについて、私はお答えすることが「出来ません」。 これはここだけの話であり、公式発表ではありません。 イーブ1号が19??年にワシントンD.C.を訪れて、__________(特別の_____の中の_____)に滞在しました。イーブ1号は______大統領とは会いませんでした。 [国家安全保障の理由のために秘匿とします] ■仮定の話/ヴィクター・マルチネス氏 以前観たスピルバーグ監督の「未知との遭遇」のラストシーンで、男性10人と女性2名の合計12人が宇宙船に乗り込んでいきました。 12人という人数は、スピルバーグの台本にも書かれています。 しかしながら、同書の文庫版を読んでみると、12人は全員が男性だと書かれていました。 劇中では補足説明のようなものはありませんでした。彼らは、ロイ・ニアリーと席について沢山の書類にサインをしてもらいました。 最後の書類にサインをしている時、彼は次のように言われました。 「宇宙には、私たちの常識を超えた事が起こりうるんですよ」 スピルバーグは、フィルムのことについて、UFOに関係していると話してきました。 しかし、彼はそれをSF(サイエンス・フィクション)ではなく「科学的事実(サイエンス・ファクト)」と呼んでいました。 コメント:スピルバーグ監督がどうやって正しい人数と性別を知り得たのかとあなたは不思議に思うでしょう。 ロナルド・レーガン大統領が「未知との遭遇特別編」を見終わった後、そっとスピルバーグ監督に「あなたは、これがどれだけ現実に近いか知らないでしょう。」話し掛けたと報じられています。 Eメール#10bへ Eメール#12へ |